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広島地方裁判所福山支部 昭和49年(ワ)220号 判決

原告

段上ウルヨ

右訴訟代理人

河本光平

外二名

被告

寺岡宏

右訴訟代理人

秋山光明

外一名

主文

一  被告は原告に対し、金三、〇〇七万八、三七三円及び内金二、七三二万八、三七三円に対する昭和四九年一一月二八日から、内金二七五万円に対する本判決確定の日の翌日からいずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金四、七九〇万三、九四〇円及び内金四、一六五万五、六〇〇円に対する昭和四八年六月一六日から、内金六二四万八、三四〇円に対する判決言渡の日の翌日からいずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は整形外科病院(以下被告病院という。)を開業している医師である。

2  原告は昭和四八年二月一〇日農作業中に腰を痛めたので被告病院を訪れ、その治療を求めたところ、被告病院の被用者である卯坂医師は治療を承諾したので、ここに原告と被告との間で原告の疾病治療を目的とする契約が締結された。

3  卯坂医師は原告を診察した結果、「変形脊椎症」と診断した。そして原告は二月一〇日から同月二七日までの間、被告及び被告病院の医師により右治療のためフエニルブタゾン、アミノピリンを主成分とする「イルガピリン」、フエニルプタゾンを主成分とする「ブタゾリジン」、スルピリンを一成分とする「ダンケルン」などの各種ピラゾロン誘導体の医薬品の投与を受けた。〈以下、事実略〉

理由

一請求原因1ないし3項の各事実及び原告が昭和四八年二月二八日に被告病院を訪れた時、被告に対し、原告の発疹、口腔内湿疹、発熱の症状をも訴えて診療を求め、被告がこれを承諾したことはいずれも当事者間に争いがなく、これによれば、原告と被告との間に原告の腰痛の治療に加えて右発疹等の治療をも目的とする診療契約が成立したものというべきである。

二そこで債務不履行の点につき判断する。

まず被告の治療行為と原告の両眼失明同然の状態との間に因果関係が存するか否かにつき考察する。

〈証拠〉によれば、原告が被告病院で変形脊椎症と診断され、昭和四八年二月一〇日、一一日、一四日、一六日、一九日、二一日と通院し、被告あるいは被告病院の医師から治療薬として、二月一〇日、一四日、一六日、一九日、二一日にはブタゾリジンの内服薬を受取り、そのころ各服用し、二月一〇日、二一日にはイルガピリンの注射をうけ、二月一〇日、一一日、一四日、一六日、一九日にはダンケルンの注射を受けたこと、二月二八日原告が入院して後は三月一日、二日、三日にメチロンの投与をうけたこと、ブタゾリジンはフエニルブタゾンを主成分とする薬剤であり、イルガピリンはフエニルブタゾン・アミノピリンを主成分とする薬剤であり、ダンケルンはスリピリンを一成分とする薬剤であり、メチロンもスルピリンを主成分とする薬剤であること、フエニルブタゾン、アミノピリン、スルピリンはピラゾロン誘導体に属する薬剤であり、ピラゾロン誘導体系薬剤が多形紅斑型発疹の好発薬剤であること、原告は二月一五、六日ころからプラゾロン誘導体系薬剤を嚥下する際には喉に熱けるような感覚を覚え、二月二一日のイルガピリンの注射の後には気分が悪くなるほどの症状を覚え、二月二三、四日ころより身体がだるく、喉にイガイガした症状を覚えるほかに、顔に浮腫、頸部に掻痒性の紅色疹等の症状が現われ、二月二六日には顔の浮腫がひどくなり、二月二七日には発疹、発熱、口腔内湿疹が現われ、二月二八日には被告の診察をうけ、入院の後三月一日、二日、三日にメチロンの投与を受けたことろ、原告の発疹症状は全身に広がり、口腔内湿疹が悪化し、頭痛を訴え始め、三月二日には原告は呼吸困難に陥り、胸痛を訴え、全身の発疹は水泡を形成し、三月三日には意識混濁の重篤状態に陥り、多形紅斑型発疹の重症型であるスチーブンス・ジヨンソン症候群に罹患していたこと、スチーブンス・ジヨンソン症候群に眼球侵襲という眼球の化膿性滲出液がみられ不完全ないし完全な視力喪失に終わることがあること、原告は三月六日ころより意識が回復しはじめたが、両眼があけられない状態となつており、その後も両眼だけは疼痛が深化する一方なので、同年四月六日阪大病院に転院したが、両眼の症状は涙腺が侵され涙が全く出ず、眼球が乾燥しており、四月二八日には右眼角膜に、五月一〇日には左眼角膜にそれぞれ潰瘍が生じ、視力は著しく減退し、左眼は光を感ずるだけ、右眼は、視力0.01となり両眼とも失明同然になり、右後遺症の残つたまま六月一五日同病院を退院したことが各認められ、右事実によれば、被告の治療と原告の両眼失明同然の状態との間には、相当因果関係があるというべきである。

〈反証排斥〉

〈証拠〉中には、アレルギー性反応の大部分は即時型反応であり、例えばピラゾロン誘導体系薬剤の反応出現時間は殆んど二四時間以内であるところ、本例のように二月一〇日より二月二五、六日の間に薬物アレルギーの症状がないので、原告の発疼症状がピラゾロン誘導体系薬剤によるものかどうか断定しがたい旨の記載及び供述があるが、〈証拠判断省略〉。

なお、被告はスチーブンス・ジヨンソン症候群の罹患と眼症状の後遺症との間の相当因果関係について、予見が不可能であつた旨争うが、〈証拠〉によれば、原告は三月一日には全身の湿疹が腫れあがり、以後腫れがひくと皮がめくれてゆき、その後に水泡にかわり、膿あるいは液を伴つて皮膚がずるむけて行つたのであるが、顔は黒く腫れあがり、眼症状として粘膜に全身症状と同じような変化がみられ、三月二日には結膜炎があつて眼は爛れて、眼が開けられない重篤状態であつたこと、メチロンの能書にはメチロン投与により水泡性角膜炎があらわれることがある旨の記載があることが各認められ、右事実よりすれば、被告は右薬疹症状から眼症状の後遺症が残ることを予見しうべきであつたから、被告の右主張は失当である。

三つぎに被告のなした診療内容が債務の本旨に従つたものか否かにつき判断する。

〈証拠〉によれば、原告は変形性脊椎症の診断で、被告あるいは被告病院の医師の指示によりその治療薬として、ブタゾリジンの内服薬を二月一〇日、一四日、一六日、一九日、二一日に受けとりそのころ指示通り服用し(二四日以降は原告の判断で服用を止めている)、二月一〇日、二一日にはイルガピリンの注射をうけ、二月一〇日、一一日、一四日、一六日、一九日にはダンケルンの注射を受けたこと、原告は二月二二日から二七日までの間被告病院に通院しなかつたが、その間全身倦怠感を覚えるほか、顔に浮腫、頸部に掻痒性の紅色疹等の症状が現われ、二月二七日には発疹、発熱、口腔内湿疹が現われたので、嫁段上裕美に付添われて、二月二八日に被告病院に行き被告の診察を受けたが、被告は原告の全身湿疹症状及び全身掻痒感の訴えを診て、非特異性亜敗血症と診断したが、原告が発熱、発疹、全身倦怠感の故に通院に耐えられない旨を訴えたので、入院することになり、同日諸検査をしたところ、白血球数、C反応性蛋白試験、抗ストレプトリジンO価測定はすべて正常であるので、白血球数が一万を超え主に子供が罹患するだけの非特異性亜敗血症は否定され、更に感染症も否定されること、二八日の午後に被告病院の天野医師が回診した時にカルテにブタゾリジン投与禁止を意味する「ブタ止メ」と記入し、以後ブタゾリジンは投与されなかつたが、翌三月一日午前八時三〇分ころには体温三八度二分の発熱であつたので、メチロンの投与をうけ、午後九時にもメチロンの投与をうけ、その後三月二日、三日にもメチロンの投与を受けたが、原告は発熱のうえ全身に発疹があり眼の結膜にも爛れがあつて眼が開き難く瞼がジクジクの状況であり、口腔内が湿疹のために爛れており、臀部の紅斑発疹の部分に水泡が形成されるような状態になり、三月二日の午前九時には呼吸困難となつて酸素吸入を必要とする状況になり、被告は外部の内科医である川崎正輝医師の往診を求めたが、同医師の診察には立会わず、村上看護婦が原告の症状を説明しただけであり、川崎医師は診察の結果、何かのアレルギー性反応や皮膚的疾患ではないかと判断したが、確定した診断や具体的指示はせずに、ステロイドホルモンが治療の中心になるだろうということと皮膚科の医師の往診を依頼するように示唆しただけで、それも村上看護婦に述べるという状況であり、同日午後外部の皮膚科岩崎博医師の往診を受けたが、岩崎医師の診察にも被告は立会わず、村上看護婦が原告の症状を説明しただけで、岩崎医師は中毒疹の診断だけで、発疹の原因まで究明しないで差し当たり発疹症状を取り除く治療をする段階であるとして確定診断はせず、三月五日に内科の川崎医師の再度の往診のときに、同医師からピリン系薬剤の禁止の指示がなされ、村上看護婦がそれを聞いてカルテの表に赤字でピリン禁止と記入したこと、以後ピリン系薬剤の投与はなされず、三月六日ころから原告は意識が回復し発疹も軽快しはじめたが、両眼だけは疼痛が深化する一方で、四月六日阪大病院に転院したが、スチーブンス・ジヨンソン症候群の眼症状の進行により、四月二八日には右眼角膜に、五月一〇日には左眼角膜にそれぞれ潰瘍が生じ、視力が著しく減退し、左眼は光を感ずるだけ、右眼の視力は0.01となつたことが各認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。証人村上光子の証言、被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲証拠に照らして措信し難く、採用しない。

右認定のとおり、被告は、原告の変形性脊椎症の治療のためにイルガピリン、ブタゾリジン、ダンケルンを投与しており、そして右薬剤の各能書には、使用上の注意として「本剤の連用によりときに浮腫があらわれることがあるので、観察を十分に行ない、異常が認められた場合には休薬あるいは投与を中止する等適当な措置を講ずること」が明記されており、被告本人尋問の結果によつても、被告はその旨十分熟知していたと述べている上、諸検査の結果から発疹は感染症に起因することは否定されるのであるから、被告は、二月二八日午前中に全身湿疹症状、口腔内湿疹、発熱が顕著で全身倦憂感を訴える原告を診察したとき、原告に対して被告病院において投与した治療薬に鑑み、原告の症状が薬疹であることに思いを致しその投与を中止し(被告病院の天野医師は二月二八日の午後原告を回診したときブタゾリン禁止の旨をカルテに明記している)、また右各薬剤がピラゾロン誘導体系薬剤であることに徴すれば、遅くとも三月一日以降はピラゾロン誘導体系薬剤の投与を差し控える注意義務があるのに拘わらず、漫然と翌三月一日、二日、三日と連日ピラゾロン誘導体に属するスルピリンを成分とするメチロン(メチロンの能書にも、使用上の注意として前掲各能書と同旨のことが明記されている。)を解熱剤として注射した過失により原告をして単なる薬剤による過敏症状に止まることなく、多形紅斑型発疹の重症型であるスチーブンス・ジヨンソン症候群に罹患せしめ、その眼症状によつて原告の両眼を失明同然の状態にさせたというべきである。

右の次第で、被告のなした診療内容は債務の本旨に従わない不完全な履行というべきである。

四つぎに被告の抗弁につき判断する。

前記第三項に認定のとおり、被告は本件診療にあたり、必要とされる注意義務を果さなかつたのであるから、原告の両眼失明状態の結果は不可抗力であり、被告の責に帰すべき事由に基づかない旨の主張は失当である。

五そこで損害額を判断する。

(一)  被告は原告の本件眼症状の後遺症は原告の体質的素因に由来するもので、その寄与率は一〇〇パーセントであると主張するが右主張を認めるに足る証拠はなく、被告の主張は失当である。

(二)  原告は本件損害賠償請求において、各種損害を個々具体的に請求せず、それらは慰藉料の中に考慮されるべきであるとして包括して慰藉料として請求しているが、右の請求方法は本件の事実内容と被告の防禦に鑑み、適当でないので、つぎのとおり損害額を判断する。

1  逸失利益

原告が両眼失明同然の状態になつた昭和四八年六月当時は満六二歳の主婦で、〈証拠〉によれば、右眼視力が0.01で矯正不能、左眼が光覚だけであるので、労働基準法施行規則別表第二の後遺障害第二級に相当し、その労働能力喪失率は労働省基準監督局長通牒(昭和三二年七月二日、基発第五五一号)の別表労働能力喪失率表によれば一〇〇パーセントで、同女の就労可能年数は七年であり、その間年額八七万一、八〇〇円(昭和四八年賃金構造基本統計報告により年齢別女子労働者平均給与額)の収入をあげえたはずであるから、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して算出すると原告の得べかりし利益は五一二万〇、九五三円(一円未満は切捨、以下同じ)となる。

2  治療費

証人段上茂の証言により、原告は治療費二七〇万円の損害を受けたことが認められ、〈る。〉。

3  涙滴器具購入費

〈証拠〉によれば、原告は涙滴減少で常時涙を補給して、角膜の乾燥を防止する器具が必要となり、その購入に要した費用が二〇万円と認められ、〈る。〉。

4  入院中の付添費及び諸雑費

前記認定のとおり被告病院入院の日が二月二八日で、阪大病院退院の日が六月一五日であるから入院期間は一〇五日であり、一日の付添費一、二〇〇円、一日の諸雑費三〇〇円の出損をしたと認めるのが相当であり、計一五万七、五〇〇円となる。

(1,200円+300円)×105=15万7,500円

5  慰藉料

(ⅰ) 前記認定のとおり原告はスチーブンス・ジヨンソン症候群という重篤な病気に罹患し、約四ケ月に亘り入院を余儀なくされたその精神的苦痛の慰藉としては一五〇万円を相当と認める。

(ⅱ) 後遺症による慰藉料としては、原告は前記認定のとおり本件により両眼が失明同然の状態となり、自動車損害賠償保障法施行令別表の第二級に該当し、両眼の裸眼の視力の回復の見込みはないこと、両眼は涙滴が減少して角膜が乾燥するためその防止に約四キログラムの涙滴器具を常に身につけて人工涙液を目に補給しなければならない特殊な障害の存すること、及び本件全証拠によるも本件発生について原告には責められるべき点はなく、本件は突然に原告を襲つた不幸な事態であつて、まさに筆舌に尽し難い精神的苦痛をうけていることが認められることを考慮すれば、右障害による精神的苦痛は、金一、二〇〇万円をもつて慰藉さるべきものと認めるのが相当である。

6  将来の付添介護費

〈証拠〉によれば原告の両眼失明同然の状態では一人での行動は困難であり、また涙滴器具の操作や阪大病院への通院のために、将来に亘り介護が必要であることが認められ、その費用は月額三万六、〇〇〇円が相当と認められ、平均余命一八・五年(二二二か月)(昭和四八年簡易生命表による。)として、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して算出すると金五六四万九、九二〇円となる。

3万6,000円×156.942226=564万9,920円

7  弁護士費用

〈証拠〉によれば、原告は本件損害賠償において被告から容易にその履行を受け得ないため自己の権利擁護上、訴訟の提起を余儀なくされ、弁護士に報酬を約して依頼せざるをえなかつたことが認められ、その他本件事案の性質、認容額の諸事情に照らすと、二七五万円の限度で弁護士費用を本件と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

8  よつて右各損害を合計すれば、原告の蒙つた損害は金三、〇〇七万八、三七三円となる。

六以上の次第で、被告は原告に対し、債務不履行により与えた損害金三、〇〇七万八、三七三円及び右金員のうち金二、七三二万八、三七三円に対しては履行を請求した日(訴状送達の日)の翌日である昭和四九年一一月二八日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金、弁護士の報酬金二七五万円に対しては弁済期が本判決確定の日に到来するものと解するのが相当であるから本判決確定の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金をいずれも支払う義務がある。〈以下、省略〉

(渡邊宏 有満俊昭 小倉正三)

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